茶の力

今年の夏野菜は猿に食われる歩留まりを50%と考え倍の本数を植えた。苗代も馬鹿らしいのでに全て種を播いて育てた。しかし、8月以降はお猿君は我が在所には猿は一向にお見えにならん?

結果、ナスビも、猿の食べないオクラなど取れすぎて困っているが、今夜もおかずはナスビだった。

ド素人の野菜作りであるが、ちょっと不思議なことがある。 三-四年、土の堆肥や肥料は煎茶や碾茶加工からでる不要の葉っぱ残りかすを沢山貰ってコンポストで熟成して土に埋めている。春夏秋の茶葉残留材であり、親戚から無料で貰っているので出費もゼロ!

多分、四年ほど土に埋めたり、混ぜたりしているが、気が付けば三つの不可思議がある。

その① 連作しても苗が枯れない
その② 野菜の育ちが良く美味しい(手前味噌だが)
その③ モグラ君がいなくなった(この1年半、全く来な     くなった)

その④ 家ではゴキブリが出てくると家内は茶袋(ほうじ茶)を部屋の隅に置いている。なんとなく出現しないように思う。
その⑤ 茶のシーズンが始まると茶工場の清掃時にでる“茶ほこり”を買いに来る人がいると聞いたが、用途は蚊取り線香か何かに使うらしい。 “工場のほこり”が誰かが買うと言う!

正に「茶の力」だろうが、なんでかな、、、? は分からないが、上記は経験上のこと。

これは、ミルクタンク方式で和束中の茶工場の茶葉廃棄材を集め加工すると面白いかも? 誰か、この茶の効能(誤認か本当か)を知っている人は教えて下さい、、、、、、

久し振りの「都」

昼前に元職場古巣を訪ね、元同僚に挨拶し、京都府庁に出向いた。町役場には常日頃お世話になっているが、言ってみれは町民の本社・HQである。ルネッサンス様式の府庁旧本館は113年前の建物で重要文化財らしい。中々、行く機会もなさそうで記念写真、パチリ

守衛さんにお腹がすいたが、旨い昼めし屋ないかと尋ねたら、すぐ前の蕎麦屋「田毎」が旨いよ、、、と聞き行ったが、成程、美味しい蕎麦だった。歴史は旧府庁舎より古い145年前の創業と言う。矢張り「古都」だ、京都は!

なかった世界の同情と孤立

https://www.facebook.com/shigetsugu.tanaka.7ミサイル“の続編だが、前記の88年6-7月のイラン滞在中に大変な事件があった。
イランからドバイ行きのイラン民間航空機655便がホルムズ海峡で米海軍艦隊に
ミサイルで誤爆撃墜され、現地では連日おおきく報道されホルムズ海峡に浮かぶ
遺体の写真を掲げたデモがあちこちであった。

そんな中で、戦闘前線へのパジェロでの移動はヤバイと商社の助言で二の足踏んでいたが、各地でのデモや抗議がある日を境に不思議に鎮静化し、あのホメイニ師が国連安保理の停戦協定を受諾した。Why ?

 

 

現地人に聞いたことだが、290人もの民間人がミサイル誤爆でなくなる大事件にも、関わらず“世界から惨事に対するイランや国民に対しする同情がなかった”ことで「イランの孤独・孤立感に観念して」停戦合意に至ったと言う事だった。(写真はネット検索引用写真)

商社の所長のお話では(真相はわからないが)、、停戦は世界の“経済制裁や圧力”でなく、”世界から同情のない孤立・窮地に追い込まれ”イランがギブアップしたと聞いた約30年前の話を思い出す。

かの国のミサイルや原爆実験、、、、、は厄介で様子は異なるのであろうが、毎回の政府の”断固抗議、制裁の強化”の記者会見の繰り返しでは、、、、

仕事終わって、アバダンからテヘランまでの真夏の移動は大変だからと航空便を厚生省が手配してくれたが、停戦など予想してなくミサイルが恐ろしく、有難く辞退1000㎞往路をパジェロで戻った。道々、川で水泳ぎ、地元のメロンやスイカはただ同様の値段で結構楽しい旅、次官とは入魂の中になり、戦後復興のお手伝いの大きな商いをさせて頂いた。 宿に戻った夜に停戦となり、8年も続いたイライラ戦争がひとまず終わった瞬間の市民の歓喜は凄かった。

4日も一緒だった次官は今頃どうしているのかと思うが、グループのSMAPでなくS.M.A.T.と言う忘れられない名前で、数年間の腐り縁で色々なドラマがあった。<最近は昨日や今日の事をよく忘れるが、昔のことはチャント記憶の片隅に残っているみたいだ。>

ミサイル

https://twitter.com/tanakas74今週は朝から晩まで、北朝鮮のミサイルTV番組が多かったが、ミサイルを経験した方は日本では殆どいないのでは?

どっかに仕舞い込み探していた古いパスポートが出てきたが1974年から2013年まで39年間の日記帳のようで認知症入口段階の人間には助かる。私は幸か不幸か、ミサイルを見聞した年月がパスポートのページに記録されており走馬灯のように当時を思い出すが、お茶の間TV番組よりは参考になるだろうと投稿です。

7月に亡くなった母や私は親父を戦争で失い、“戦争は二度”と経験したくないと思っていたが、何の“因果”か現役時代にフランスのエグゾセミサイル・北朝鮮テポドン・ロシアのミサイル、時系列ではイラン革命、フォークランド戦争、M19ゲリラ、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、ユゴスラビア紛争、ボスニア戦争、リビア地中海空中戦、テルアビブ自爆テロ等を間近に見聞き体験した。

当方は、死の武器商人でもなく、ジャーナリストでもないが、メーカーの貿易マンとして何度も各国でその悲惨さを目の辺りにしてきた。 何ゆえにヤバイ現場に居合わせたかだが、戦後や紛争後の復興支援、特に医療・教育・人道支援、農業や環境などの日本の国際協力案件やコマーシャル案件の出張や駐在だった。家族に心配をかけ、危険を顧みず出かけたのも、今から思えば、崇高で遣り甲斐がいがあると勝手に思っていたのだろう。 “ミサイル” の続きを読む

一衣帯水

先週、中国の老朋友、ご家族四組12人が夏休みを利用し『奥宇治』の和束荘に二泊三日、蝉合唱の中「わづか緑泉ステイ-」体験を楽しんで呉れた。 和束町活性化センターの皆さんの“和束流のお・も・て・な・し“には満足だった様子で和豆香グリーンファームでは子供さんたちの野菜収穫体験、取った野菜でBQ大会、笠置町の木津川カヌー体験、恋い茶グループのお茶団子作り、和束茶の入れ方教室は女性の方々も和装で愛嬌の振る舞い、宿泊は和束荘の別館で雑魚寝経験や懐石料理など、何よりも子供たちが大はしゃぎで喜んでおられた。

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360度撮影

知人の大阪のいくぴー君(s-ikup.com)がやってきてくれ、農泊民宿の「ブロッジロッジ」を訪問しマイケルさん、育子さんを紹介した。和束に2年、素晴らしいご夫婦で、国内外からのお客様を受け入れられているが、高い評判だ!
詳しくは: http://blodgelodge.com
【WEB道の駅 和束】は一部工事中ながらVR(バーチャルリアリテイー)な道の駅で、ブロジェット民宿前の和束の全方位360°景観をいくぴ-君が取ってくれた。

HP開設

振り返れば、定年を迎えた際に、諸先輩や同僚に色々と空手形を切って故郷の和束(わづか)を終の棲家とさだめ10年過ぎた。

空手形の一つに、定年後にはマイHPでも立ち上げて、“温泉巡り紀行”、“家庭菜園日記”や”海外旅行アルバム作成“など空約束し、3600日目にやっとTrial Version が完成した。 気づけば、齢も70を遠に超えてしまった。

罪滅ぼしに、故郷の紹介、田舎の農産品の紹介や最近気が付いた新たな発見などボケ防止に綴っていきたいと思っている。

HPのURLはweb-kiosk-waduka 、【WEB道の駅 和束】 に前から決めていた。全国の、何処にでもあるような道駅的なサイトになればと願っている。