走馬灯

走馬灯

 

齢70も過ぎると最近の事をよく忘れるが、半比例して大昔の事は走馬灯のごとく脳裏に浮かんでくる。テレビや新聞のニュースを見聞きすると連鎖反応の様にひと昔の事さえ、カラーイメージで次々と現れる。が、この走馬灯も数年も経てばカラーから白黒画像、途切れ途切れイメージに消え薄れるのではないかと心配する今日この頃だ。

楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったことなど生まれしこの方の記録画像がフェードアウトする前にサーバー上に残しておけば、“あなたの認知度問題あり!“と言われても誰かにアルバムとして見て貰えるのではとサイト・メニューに加えた。

昭和19年頃の話で母から聞いたことだが、山の茶畑で茶刈作業を作業中にB29戦闘機が飛んできて、機銃砲を受けたと言う話を子供の頃聞かされた。山と畑家しかない田舎になんで。。。と思ったが。従兄弟と畑の山、真鍮製の薬きょを拾って遊んだことが記憶にあるので、米軍は“面白半分で銃撃”したのであろう。7-8歳頃の記憶だがはっきり脳裏に残っている。茶畑だけでなく、田んぼで田植えをしていた時には、弾丸が田んぼの水をパチャパチャと水しぶきを上げたとも聞いた。(写真は70年後の山上の茶畑と田んぼ)